スサノオ(須佐之男命、素戔男尊)と大国主(大穴牟遅神オオナムチノカミ)の関係(1)

スサノオ(須佐之男命、素戔男尊)と大国主(大穴牟遅神オオナムチノカミ)の関係、これこそが非常に重要な事で記紀による歴史改竄の要なのだ。この改竄によって天照大御神の正体を隠しているのだ。

この事実の極めて近くまでたどり着いた方がいる。小椋一葉氏だ。小椋氏は1966年京都大学教育学部卒、70年同大学院教育社会学修士課程修了。心理相談室、愛知県立大学助手をへて文筆家。民間伝承や神社分布、祭神の分析等から古代史の謎に迫る斬新な方法で、黎明期の歴史の暗部に新たな光を当てたシリーズ<伝承が語る古代史>で脚光を浴びた。彼女はいわゆるアマチュア歴史研究家に分類されるのだと思うが、私の個人的見解を言わせてもらえば、そこら辺の頭の硬直化した大学教授達より、よっぽどいい仕事をしている。

記紀の神話部分が歴史的事実と結びついている事を限りなく示した実績は、この分野において現在でもトップランナーと言える。

その彼女が限りなく近づいていながら、気づかなかったのが天照大御神の正体だ。残念ながら小椋氏はスサノオと天照大御神を夫婦と結論付けてしまった。ここではスサノオと大国主の関係から入って、本当のスサノオの正体、そして天照大御神の正体という風に切り込んで行こう。実は天照大御神の正体についてはもう解き明かしているのだが、今回は別の角度から解き明かし、事実を補強し、記紀がある一貫された思想の元に歴史を改竄したという事を示していきたい。

大国主は『古事記』・『日本書紀』の異伝や『新撰姓氏録』によると、須佐之男命の六世の孫、また『日本書紀』の別の一書には七世の孫などとされている。父は天之冬衣神、母は刺国若比売。また『日本書紀』正伝によると素戔鳴尊の息子となっている。『出雲国風土記』では、スサノオと大国主は別の系譜となっており、直接的なつながりはないとされている。私が『出雲国風土記』を読んだ範囲ではスサノオと大国主は別系統という記述は発見できていない。これは今後の課題とさせていただきたい。

誰もがここで疑問を抱くのだが、大国主はスサノオの娘と婚姻しているのにスサノオの息子とは一体どういう事なのか?ということである。大国主がスサノオの六世孫であると考えると長命なスサノオの六世孫とスサノオの娘が婚姻を結んだというのも考えられなくはない。考えられなくはないが、いかにもこじつけ感満載だ。ここにはどうしてもスサノオと大国主を縁故関係で結びつけたいという思惑が感じられる。しかも、事実を封殺したいならスサノオの娘と大国主の婚姻譚ごとなかった事にすればいいのにそれはしない。

記紀の編纂は明らかに一定の思想の元に行われている。明らかにしてはいけない重大な事実を隠すために歴史改竄をするが、それ以外の歴史はなるべく保存するという思想である。この思想は裏を返せば、記紀が必死で隠そうとしているの思想、言い換えれば鍵を見つければ、記紀の神話部分も歴史資料として使えるという事であり、それ以上に歴史部分もさらに正確に解き明かせる可能性を秘めている。

コメント