スサノオ(須佐之男命、素戔男尊)と大国主(大穴牟遅神オオナムチノカミ)の関係(3)

ちょっと話が脇道にそれるのだが、根の国とはどこでだろうか?日本書紀の異説、ある文にいわくから引用してみよう。

スサノオがいうのに、

「韓郷の島には金銀がある。わが子(オオナムチ)が治める国に船がなかったら困るだろう」

そこで、スサノオ、ひげを抜いて放つと、そのひげが杉の木になった。胸毛を抜いて放つと檜に、尻毛は槙に、眉毛は樟になった。

「杉と樟は、船を造るのによい。檜は宮を造るのに、槙は現世の国民の棺を造るのによい。たくさんの木の種を播こう」

スサノオの子、イタケル、オオヤツヒメノミコト、ツマツヒメノミコト。この三柱の神が木種を播いた。その後、スサノオは熊成山(くまなりやま)を通って、とうとう根の国に入った。

非常に面白いのがスサノオの属性は木の神でもあったという事だ。自分の身体のそこら中の毛を抜き、それを木に変えて、大地に木々を茂らせた木の神。木の国・熊野の地にふさわしい神だった。

しかし、ここで強調するべきはそれではなく、スサノオが大規模な植林事業をしつつ、熊成山を通って根の国に入ったという事である。

この熊成山というのが現在の地名に比定できないのだが名前から言っても、熊野で盛んにスサノオが信仰されている事。例えばこの木の神としてのスサノオを祀った須佐神社という神社が、口熊野、和歌山県田辺市中万呂にある。そこは、スサノオが朝鮮半島のソシモリというところから、この紀国に木の種を持ち来ったときの上陸地点だと伝えられている場所なのだそうだ。この神社は古くは牛頭天王社と呼ばれ、明治4年(1871)に社名を現在の須佐神社に改めた。また、熊野本宮大社の祭神がスサノオである事もあまりにも有名なの事実だ。

熊野本宮大社は上・中・下社の三社から成るため、 熊野三所権現と呼ばれている。また、十二殿に御 祭神が鎮座ますことから、熊野十二社権現とも仰がれている。

こういった事実からスサノオの向かった先は熊野付近つまり紀の国だろうと推測される。

さらに違った見方をすれば、スサノオは出雲を大国主に任せて出雲から紀の国つまりは西日本一帯を手中に収めたという事なのだ。スサノオの偉大さが伝わってきただろうか?

さらに言えば、ある時期、天皇家も伊勢参拝派と熊野詣で派に分かれている。スサノオは天照大御神に匹敵する偉大な神だった。熊野詣でに関して言えばこれだけで一冊本がかけてしまうほど深淵な物だが私は一種の臨死体験だと考えている。一度、死を疑似体験して、今一度、この短い人生でなすべき事を考えなおすという事だ。

さて、これだけの知識を元に今一度、スサノオと大国主の関係に立ち返ろう。

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