多数の非行は敗残中国兵の所業(だから、本当なんだって)

多数の非行は敗残中国兵の所業(だから、本当なんだって)

それだけではない。これらの不法行為はそもそも日本人がやったのかどうかに疑問がある。というのは、1938年1月4日付けのニューヨークタイムスに次のような記事が掲載されているからである。

「中国軍の大佐と6人の将校が金陵女子大学に隠れ、略奪したり、少女を強姦して日本兵がやったように見せかけていた。大佐は宣教師によって、難民収容所を管理する2番目の地位に就けられていた」

程瑞芳が、この捏造とスリカエを知りながら、日本人になすりつけている可能性も否定できない。南京の日本軍は、掃討や警備などのため宿営所を出る時は、中隊、小隊、分隊といった単位ごとに同一の行動をとった。夜間外出は禁止されていた。脱走すれば厳罰に処せられる。

さらに重要なことは、南京陥落直後から市内は全面停電となり、クリスマスころまで復旧しなかったことである。禁を犯して外出し、地理も分からない真っ暗闇の敵国の首都を、敵の敗残兵が武器をもって身を潜めているなか、女性をとらえて強姦するという行為に及んだ日本兵は何人いただろうか。殆ど考えられない。ところが、「南京安全地帯の記録」では、強姦事件の半数は夜間に起こっているのである。これは敗残中国兵の仕業であることが明白だ。

12月20日の程瑞芳日記には、次の記述がある。

「今日もたくさんの難民が来た。二百号(文学館)の3階までぎっしり埋まっている。おそらく憲兵が保護していると思って避難して来たと思うが、憲兵も女の子を庭に引きずり出して強姦する。彼等は人間じゃない。場所を問わないでやる。畜生だ」

この「畜生」は、はたして何国人なのだろうか。ちなみに、程瑞芳と行動を共にしていた女学院の責任者ミニー・ヴォートリンの同日付の日記(『南京事件の日々』1999年、大月書店 69-70頁)には、このような記述はない。

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