小椋一葉氏の大発見 ニギハヤヒはスサノオの息子だった(2)

ところで記紀では天火明命は、アマテラスの長男の天忍穂耳の子供とされている。しかし、これは信用出来ないことがすぐわかった。神社の祭神は、二人以上祀られている時には親しい関係にあった人たちの場合が多い。夫婦とか、親子とか、一緒に仕事をした人とか、主従とかいった具合だ。

徳川家康のお墓がある静岡県久能山の東照宮などでも、相殿には豊臣秀吉と織田信長が祀ってある。日光の東照宮は、秀吉と源頼朝だ。頼朝は幕府の創始者として合祀されたのであろう。

ところが、調べてみても天忍穂耳と天火明が一緒に祀られている社はほとんど出てこない。天忍穂耳の本宮ともいうべき福岡県の英彦山神宮にも祀られていないのである。

天忍穂耳の子でないとするといったい誰の子か。

彼がスサノオの子供のオオトシであることを突き止めたのは、京都の大原野灰方町にある大歳神社

の記録からであった。

代々石棺や石材を造っていた古代豪族の石作連が祖神を祀った神社だとされ、「石作連は火明命の子孫で火明命は石作連の祖神という。」とはっきり記されている。社名から明らかなように、祭神は大歳神である。

記録によると、念のため石作連について調べてみると、岐阜県岐南町に石作神社があり、「石作連は尾張氏と同祖で天火明命の裔孫である」と書かれていた。

京都の八坂神社にスサノオの八人の子供が祀られている。そのうち第五子に「大年神」の名前が見える。

スサノオの出身地である島根県にはオオトシを祀る神社が多い。飯石郡三刀屋町にも大歳神社があるが、『神国島根』(島根神社庁発行)によると、「須佐之男命出雲に於て大歳を生み給い」と書か

れている。オオトシがスサノオの子供だったことはまちがいない。

こうして、ニギハヤヒは、ほたの名をオオトシと言い、スサノオの子供であることが判明したのである。

(引用ここまで)

小椋氏のアマチュア古代史家としての評価は今でも燦然と輝いているが、小椋氏のこの日本古代史を揺るがすような大発見についてはほとんど誰にも取り上げられていない。次回はこの発見の意義について解説していこう。

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