日本軍は大虐殺なんて本当にしていない

日本軍は大虐殺なんて本当にしていないんです。ちゃんと調べれない分かります。日本は韓国にも中国にも今まで土下座外交をしてきました。でも、これからは違います。戦後処理も戦後賠償も全て終わりました。(北朝鮮をのぞいて)

韓国は相変わらず、徴用工だ、従軍慰安婦だと煽ってきていますが、これらは全て解決済みです。日本はこてらの悪辣なプロパガンダに徹底して立ち向かう必要があります。

 

南京事件で日本軍が(もちろん悪辣な行為を働いて重い処分を受けた者もいましたが)、全体的には残虐行為を働いていない少数派の1次資料を提示していきます。少なくともとっかかりにはなるでしょう。

例えばこれをお読みください。程瑞芳日記についての分析です。

【世界記憶遺産】中国版「アンネの日記」こそが南京大虐殺がなかった証拠だ! 藤岡信勝(拓殖大客員教授)
※この記事は月刊正論12月号から転載しました。月刊正論1月号は12月1日発売。ご購入はこちらへ。日本外交再度の大敗北中国が提出した「南京大虐殺」と「慰安婦=性奴…

程瑞芳日記の内容を読んでみると、誠に拍子抜けするだけで、この文書のどこにも「大虐殺」など書かれていないのである。全くの噴飯物と言わざるを得ない。

・・・日本軍との戦闘が近づいてくると、多くの市民が財産をあるったけ持ち出して、近郊に疎開した。彼等はなぜ逃げ出したかというと、中国軍が来るのが恐ろしかったからである。日本軍がくれば市内の秩序が回復することを市民は期待し、歓迎していた。

地方に疎開することができず、南京に取り残された極貧層の20万人の市民は、防衛司令官の命令で市の中心部に設定された安全区に収容された。その安全区の中に金陵女子文理学院(金陵女子大学から名称変更)があった。

そこで、金陵女子文理学院が避難民の収容所の役割を果たすことになった。同学院の建物には4000~5000人の婦女子を収容したが、やがて男性も収容し、人数は9000人にふくれあがった。入れない市民は路上で寝起きした。衛生状態も治安も極めて悪かった。

加えて、安全区には1万人以上の敗残兵が、武器を持って潜伏していた。後に摘発された武器弾薬は、トラック50台分に及んだ。彼等は軍服を脱ぎ捨て、民間人の服装をして、便衣兵となっていた。こうした行動は戦時国際法違反であり、民間人に潜り込んだ敵兵を摘出して掃討することは戦闘の一環で合法的な行為だった。日本軍は12月14、15、16の3日間、掃討戦を展開した。

程瑞芳日記は、1937年12月8日から1938年3月1日までの84日間の記録で、筆者が金陵女子文理学院の教師として難民受け入れにいかに苦労したかが書かれている。しかし、この日記の真の目的は、日本軍の悪行を記録しておこうとするところにあった。

程瑞芳は、実は東京裁判に供述書を提出し、11人の娘が連れ去られ強姦されたこと、1人の男が部屋に入って強姦したこと、1軒の家が焼かれ主人が殺されたこと、の3件を証言していた。

日記ではさらに多数の不法行為が日本軍の仕業であるかのようにして書かれている。しかし、よく読むと、多くの事例はまことに漠然とした記述であり、その雰囲気は国民党政府がまとめた「南京安全地帯の記録」ととてもよく似ている。それは、どちらも伝聞による記述が多数にのぼるからである。

南京事件研究家の阿羅健一氏は、程瑞芳日記を詳細に検討し、幸福実現党が4月8日に提出した反論書の一部として批判文を執筆した。ユネスコに提出したのは英訳だが、日本語の原文は、9月7日に行われた「南京の真実国民運動」と「慰安婦の真実国民運動」の合同記者会見の場で、「程瑞芳日記について」と題するA44ページの文書として配布した。以下、この文書に依拠して記述する。

阿羅氏は、程瑞芳日記の記述を、(1)漠然とした記述(2)噂話(3)虚偽(4)程瑞芳自身が見た被害-の4つに分類した。

このうち「漠然とした記述」というのは、例えば「城の南側の多くの建物が焼かれた。毎晩焼かれている」だとか、「外では毎日略奪が発生している。あらゆる物が盗られる」などといった記述である。具体性がない。

「噂話」というのは、「全南京市で今のところ憲兵が17人しかいない」といった記述である。憲兵が少ないから軍紀が乱れたと言いたいらしいが、事実は200人の憲兵がいた。人から聞いた噂話を書いたのであろう。

「虚偽」というのは「ある場所では死体で路面が見えなくなっている」といった記述である。東京裁判で検察側が提出した記録によれば、安全区内にあった死体は175体であった。路面が見えなくなるどころか、死体を見つけるのが大変である。

かくて「程瑞芳自身が見た被害」をまとめると、強姦8件、略奪6件、拉致1件、殴打1件、となる。東京裁判に提出した供述書の被害よりも強姦件数が減っていることに注目していただきたい。

仮に、強姦8件以下の被害が確かに程瑞芳の目撃した被害だとしても、つまり、彼女がこの点で嘘を書いていないと仮定しても、この資料の結論は全く奇妙なことになる。ここには殺人の記録が皆無だからである。前記・松岡氏の言う通り、これが、「中国人が、南京大虐殺をその当時、その場で記録した文章」だとすれば、この資料からは「『南京大虐殺』では殺人はなかった」という結論になる。これは矛盾した、無意味な命題であるから、結局は「南京大虐殺はなかった」という命題に書きかえられる。

驚くべきことに、中国が最も重視して、腕によりをかけて提出した第一級の資料が、何と、「南京大虐殺はなかった」という主張を裏付ける資料に反転してしまったのである。

 

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