解決しておかなければならないことオオヤマツミ神の正体(1)

前回まででスサノオとニギハヤヒが親子で最高神であることや親子で最高神であると言う事例は実は世界の宗教ではありふれていると言う若干我々の常識を覆すようなことを書いた。

どんどん進んでいきたいのだが、古代史特に神話部分はあまりにも入りくみすぎて、容易に解き明かすことができない。私がどうしても無視することができない上がある。それは大山祇である。

私が日本古代史研究において殊の外重視してきたのが神社伝承学と考古学である。神話というあてにならない実体のないものが神社伝承学と考古学で裏付けすることで、実際の歴史としてよみがえってくる手ごたえを私は確かに感じていた。

中でも私が大事だと感じているのは実地調査である。神社であれば実際に訪れてみることで文献では手に入らない莫大な量の情報を手にすることができるし、考古学に関しては各県に埋蔵文化財埋蔵文化財センターが設置してされているので、彼らの研究資料に目を通したり、気になるものがあれば実際に足を運んで見せてもらったり、また発掘調査に関しては必ず報告会見学会があるので、実際に発掘現場を見ることができる。

とは言え私はしがないアマチュア研究者であり、経費も時間も限られている。私が運がよかったのは私が住んでいたのが神話の舞台である九州のそのまた神話の中心地である鹿児島だったと言うことである。そういうわけで週末にあちこちに取材に行くだけでかなりの興味深い他に手を回っていないような情報が手に入りそれが私の理論のベースになった。

私が南九州を回って非常に気になったのがあまりにも大山祇(オオヤマツミ)神社が多いことである。特に薩摩半島の日本海側は大山祇神社がずらっと並んでいる。大山祇はこの地でニニギノミコトを迎え入れ、自分の娘であるコノハナサクヤ姫を嫁がせた神である。それだけでは無い大山祇(オオヤマツミ) の子にアシナヅチ・テナヅチがいる。この二神は出雲国の肥の川の上流に住んでいた。8人の娘がいたが、毎年ヤマタノオロチがやって来て娘を食べてしまい、スサノオが二神の元にやって来た時には、最後に残った末娘のクシナダヒメを食いにオロチがやって来る前だった。二神はスサノオがオロチを退治する代わりにクシナダヒメを妻として差し上げることを了承した。

スサノオは無事オロチを退治し、クシナダヒメを妻にして須賀の地に宮殿を建て、スサノオはアシナヅチを呼び、宮の首長に任じて稲田宮主須賀之八耳神(いなだのみやぬしすがのやつみみのかみの名を与えた。

大山祇(オオヤマツミ)はなんと娘を記紀の主役である天照大御神の孫であるニニギノミコトに嫁がせ、孫娘を記紀の準主役であるスサノオに嫁がせた神なのだ。私はこの神が気になって気になってしょうがない。あまりオオヤマツミに対する研究を見たことがないが皆さんはこの重大な事実を常識ぐらいに受け止めておられるのだろうか?

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