閑休茶話 スサノオとニギハヤヒという親子の最高神という概念を比較神話学で見ると特異なのか?(1)

前回ニギハヤヒがスサノオの息子である事を書いた。これは日本神話の常識では考えられない事だが神社伝承から研究するとそうなる。後に別の根拠も示すつもりだ。話を進める前に神社伝承学の観点からニギハヤヒについて深掘りしたいのだが、その前に少しやっておきたいことがある。なぜ皇国の主とも言える偉大な神が2人いて、しかもその2人が親子なのか?これについて理解を深める良い方法がある。比較神話学である。


私が何度も繰り返し言っていることだが、現代人が古代について誤解しているのは、古代が非常に低文明だったと言うことである。例えば現代人は環境破壊せずには何もすることができない。現代人のやること成すこと全てが環境破壊につながっている。本論とそれるのであまり深く立ち入りたくないが、 例えば私たちは何をするのにも電気を使う。電気はそのほとんどを火力発電、原子力発電に頼っており、火力発電、原子力発電は環境を破壊するものである。洋服1つとっても、例えば私たちが着きている綿の洋服の原料の綿花は多くががインド産であるが、これはどういう風に作られているかと言うと、収穫の効率化のために収穫前に大量の有毒な枯葉剤が散布される。そして、葉が全て落ちて、茎の上に残った麺だけを収穫するという手法がとられている。現代人はまるで母なる地球を蝕む寄生虫、がん細胞のような存在だ。そろそろ方向転換しなければ、本当に人類は滅びるだろう。

ところが同じ人類でありながらも、環境負荷ゼロで完全に地球と共存していた人々がいる。縄文人である。常識的に縄文時代の前に、旧石器時代があると言うのが定説であったが、近年、縄文時代の始まりが、急速に古い時代になっている。学者によっては、4大文明ほども昔にさかのぼるとする人もいる位だ。

この縄文文明調べれば調べるほど、非常に高度な文明であったことがわかっている。昔は縄文人は農耕をしなかったと言われていたが現代では縄文人も農耕をし、あわやひえといった穀物を育てていたことが、縄文遺跡から出てくるプラントオパールから定説となっている。畑は様々な種類の穀物が植えられており、一見野原と変わりないような眺めだったと思われる。埴輪などから当時の服装等についても相当詳しいことがわかっている。三内丸山遺跡には、皮を基本とした縄文人の復元ファッションが展示されている。皮は防寒具としての役割も果たしたと考えられる。遺跡の出土品も、縄文人のファッションを復元する上で大切な要素だ。女性の頭には赤い漆塗りの櫛、耳にはピアス、首にはペンダント、手首にはブレスレット、腰にはポシェットをぶら下げていた。男性はヒスイの大珠を首に下げていた。皮のみではなく植物性繊維の布、それを使った服も発明されていた。

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