閑休茶話 スサノオとニギハヤヒという親子の最高神という概念を比較神話学で見ると特異なのか?(2)

これ以上の深入りはやめておくが、確に平均寿命は今とは比べ物にならないほど短かったし、気候や寒暖差にも苦しめられたことだろう。イメージとしては現代で言えばモンゴルの遊牧民の生活がかなり縄文人の生活に近いような気がする。しかし、自然と共に生き、自然の恵みを存分に享受し、無理に延命することなくあるがままの寿命を受け入れて死んでいく。うつ病などの現代病とはほとんど無縁だったのではないだろうか?火炎土器を見ればわかるように、彼らは現代人をも卓越する芸術性、文化を持っていた。そして、彼らが環境に与えたダメージが、限りなくゼロに近かったことを考えると、本当に我々の文明は彼らの文明に勝っていると言えるのだろうか?私が偏屈なだけかもしれないが、少なくとも縄文文明は、現代文明と肩を並べるほどの文明レベルであったと考える。

 

私は縄文文明を多少研究する中で、それが日本人の精神性に深く根付いている事に気付いた。日本人の自然観、精神性、文化は間違いなくかなり縄文文化のそれを引き継いでいる。我々日本人は、世界最古の、そして非常にレベルの高い文明の名残を引き継いでいると言える。私はそれこそが世界における日本人の特異性のルーツだと考える。

 

さて、こういった古代において、情報の伝達、物品の流通は我々の想像以上に発達していた。古代においては情報の伝達も、物品の流通も全て人がになっていた。というか話は逆で人が移動したからこそ情報は伝達され、物品も流通したと言えるだろう。

 

このような人の高速移動を可能にしたのが道の発明と馬の利用であった。皆さんご存知のように非常に古い時代からシルクロードは活用されており、さらに道沿いに宿場町が発展することによって、その機能は大幅に増強されていった。移動の主役は交易をする商人であったと思われるが、商人が移動手段、移動ルートを確保したことによって、その他の目的を持つ人々も容易に移動することを可能になった。

 

例えば戦乱の犠牲者たち、つまりは難民である。難民もこのルートを使って安息の地を求めて移動したことが容易に想像できる。こういった大人数の移動はそのまま文化の移動を意味し、深いレベルでの情報伝達を可能にしたと思われる。現に日本からも古代ローマの遺品が多数出土している。私は世界各地に伝わる古代神話の類似性は基本的にこういった文化の伝播の影響受けているものと考える。

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