BS1スペシャル「中国“改革開放”を支えた日本人」を見て(3)

また王子氏は会社の全部門が品質向上に関わるトータルクオリティコントロール(TQC)やPCDAサイクルを教えました。

お客様は神様ですという事も教えましたが、中国人労働者は「いやいや、お客様は神様ではないよ。」と言ったそうです。お客様を神様のように大事に考えて、その大事な方に最高の製品を届けようという日本なら当たり前の概念も、国民性の違いからなかなか理解されませんでした。

中国では地面に部品を置く事が多かったのですが、パレットを作り、整理整頓する事を教えました。

王子氏の経営改革の結果、北京内燃機総廠のエンジンの販売はとんでもない成長をしました。1977年から1981年の4年間で79.6%利潤アップし、北京内燃機総廠のエンジンは国から優良品に指定されました。当時の審査基準では中国の国家基準の合格品が日本の不良品だったので、当然と言えば当然の結果でした。

これらの献身的な援助はやがて中国市場に進出しようという目論見もなく、ただ純粋に中国を助けるために行われました。ある日本人は古い自動車を繰り返し修理して使っていた中国を気の毒に思い、中国を世界から孤立させてはならないという思いに駆られたと言います。

北京内燃機総廠の成功は全中国の注目の的になりました。それから経営という概念が広まり、中国人はなぜ儲かったのか、損失が出たのか、品質はどうなのか考えるようになり、それが中国中の企業に広まって行きました。やがて中国は700以上のプラントを海外から輸入しました。その半分以上は日本以上が日本製でした。

特に多かったのが石油化学プラントでした。大慶油田の石油に石油化学プラントで付加価値をつけました。

やがて鄧小平の夢が実現する日がやって来ました。上海の宝山製鉄所に新日本製鉄君津製鉄所の技術を導入する事決めたのです。1978年12月28 日が起工式でした。 

谷牧自伝によると中国の文明は文化大革命で破壊し尽くされてしまったので外国人を経済顧問に迎えようと彼が鄧小平に直接進言したと言います。

ここまで考えていい加減、日本人気づけと言いたいです。日清、日露戦争は防衛戦争でした。日露戦争では満州をロシアから解放しました。その代わりに平和維持の目的で軍を置きました。清を国民党と共産党が侵略して内戦状態になりました。彼らのバックにはロシアがいたし、国民党は日本の自治区にちょっかいをかけてきたので、ロシアの影響力を排除するために日本は参戦しました。国民党も共産党も破壊と掠奪を繰り返したのに、日本は都市を攻める前には必ずふれを出して降伏者を募り、降伏者の安全を確保しました。殆どの紛争はすぐに終了し、日本軍は田畑と建物を直して回ったのです。

それは戦争をしないのが一番良かったし、中国の方にも迷惑をかけました。でも、日本も本土が戦火に巻き込まれないように必死だったのです。

谷牧は稲山嘉寛に相談を持ちかけました。それだけ、日本人の事を評価し、信頼もしていたのです。私は自身がありますが、この事業を日本以外の他国に頼っていたら、中国は膨大な見返りを求められていたことでしょう。少なくとも、その国の企業を中国に何社か受け入れる事は飲まないといけなかったでしょう。しか、日本は本当になんの見返りも求めず、中国を助けたのです。谷牧の相談を受けた稲山嘉寛は大北三郎を派遣しました。1979年の事でした。大北氏は集中講義を開き、政府幹部、経済の専門家を育成しました。その時の内容が中国の経済研究参考資料に書かれています。最新の技術、訓練された労働者、技術と管理のレベルの向上、生産性の向上、経済成長による資金力、資金の投資という好循環を生み出す事で事業は成功するという事を大北氏は教えました。

大北三郎は谷牧に中国は一人当たり資源は少ないので、このまま改革解放を続ければ早い時期に行き詰まる事を説明し、先の成功事例である韓国を例に、円借款を利用する事を提案しました。

1979年 9月谷牧が正式に来日して資金協力を求めます。正確に言えば、資金難の中国が日本に泣きついたのです。何でこんな意地悪な言い方をするのかと言えば、谷牧はこの時、神妙な顔をしながら、心の中でしてやったりと舌を出していたのではないかという疑いがぬぐいされないからです。ソフトブレーンの宋文洲氏は「日本は中国に騙された。これが孫子の兵法だ。」とある番組で大笑いしてました。

この時、対応したのが大平正芳総理でした。彼は「中国には世話になっているからなあ」と言ったそうです。大平総理は張家口に住んでいた経験があって、その時、日本兵の中国人に対する態度があまり良くなかったので、お詫びをしたいという気持ちがあったようです。

中国は日中戦争の賠償請求を放棄していました。日本は中国に対してアンタイドの円借款を発行しました。アンタイドというのは条件なしという事です。普通、円借款を出す時には条件をつける物です。例えば資材の調達先を日本に制限したり、工事の受注先を日本に制限したりします。それで借款を出す国も潤って、お金も返ってくるという実に素晴らしい仕組みなのですが、日本はなんと当時のお金で500億もアンタイドの借款を出したのです。なんとお人好しでなんと高潔な行いでしょうか?これが日本人という民族であり、日本人の価値観なのです。

極東軍事裁判とGHQの政策で日本人は一方的に悪者にされ、今でも自虐史観がはびこっています。中国は日本のやってもいない戦争犯罪を捏造し、当時敵であったアメリカも半ばそれに加担しました。日本はアジアにすまない事をした申し訳ないという価値観が支配的です。それはアジアの各国で犠牲者を出し、すまない事をしたのは確かです。

しかし、本当に悪いのは欧米列強の帝国主義とロシアの南下政策です。欲にまみれた彼らの悪魔的な行いは全く裁かれず、周辺国に迷惑をかけながらも、彼らと戦った日本が一方的に悪者にされる。おかしくないですか?韓国、台湾、満州。日本の植民地になった所はことごとく、インフラが整備され、生活水準が向上しました。台湾の方達は今でも、その時の事を恩義に思ってくれています。だからと言って日本の行いが正当化されるわけではないですが、一方的に略奪され、どんどん貧しくなっていった欧米列強の植民地とは大違いです。

日本が自分の利益を度返しして、中国の改革解放を手伝った事は日本人の古来の価値観をよく表しています。日清、日露戦争の時も、日中戦争の時も、第二次世界大戦の時も、ずっと日本人は日本人でした。軍の暴走や軍国主義の蔓延によって、日本人の価値観が歪められたのは間違いありません。それでも日本人は高潔な徳高い民だったのです。

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