出雲の熊野大社の研究

再び出雲と紀伊の関係の考察に戻る。

今回は紀伊と出雲の両方にある神社を比較する事で見えてくる物を研究している。

熊野大社(くまのたいしゃ)は、島根県松江市八雲町熊野にある。正確な鎮座地は島根県松江市八雲町熊野2451番。祭神は熊野大神櫛御気野命。

この神は正式な名称を伊邪那伎日真名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命とおっしゃる。この名は素戔嗚尊の別名であるとされる。

「伊邪那伎日真名子(いざなぎのひまなご)」は「イザナギが可愛がる御子」の意、「 加夫呂伎(かぶろぎ)」は「神聖な祖神」の意である。「熊野大神(くまののおおかみ)」は鎮座地名・社名に大神をつけたものであり、実際の神名は「櫛御気野命(くしみけぬのみこと)」ということになる。「クシ」は「奇」、「ミケ」は「御食」の意で、食物神と解する説が通説である。

現代では櫛御気野命と素戔嗚尊とは本来は無関係であったとみる説も出ているが、『先代旧事本紀』「神代本紀」にも「出雲国熊野に坐す建速素盞嗚尊」とあり、少なくとも現存する伝承が成立した時にはすでに櫛御気野命が素戔嗚尊とは同一神と考えられていたことがわかる。

出雲の熊野大社と紀伊の出雲本宮大社の関係性だが熊野大社から紀伊国に勧請されたという説と、全くの別系統とする説がある。社伝では熊野村の住人が紀伊国に移住したときに分霊を勧請したのが熊野本宮大社の元であるとしている。

あくまで出雲の熊野大社が本宮であるという主張だが、その可能性は捨てないにしてもやはり苦しいのではないだろうか?熊野大社は熊野から来たのではないかと思ってしまう。

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