もう一つの紀伊の須佐神社と岩舟伝説

和歌山には須佐神社がもう一つある。和歌山県田辺市中万呂5に鎮座している。祭神は須佐之男命である。近くに岩船山という小さな山がある。須佐之男命が曾志毛里より岩船山(天王の森)に到着し、木種を播いたとの伝承がある。普通に考えると岩船というのは須佐之男命が曾志毛里から天下る時に天の岩船を使ったという事ではないだろうか。私の研究では岩船伝説は外国からの渡来や大規模な移民と関連している。スサノオに関連する一族が大規模移民した可能性を頭の隅に入れておくべきだと思う。岩船山の頂上の旧社地とおぼしき場所には磐座がある。

問題は出雲の須佐神社と紀州の須佐神社のどちらが本宮かという事だ。須佐神社の場合、はっきりした事は分からない。伝承上は出雲が本宮のように思える。

しかし、承平年間(931年-938年)頃の『和名類聚抄』では、紀伊国名草郡に「須佐神戸」が、紀伊国在田郡に「須佐郷」が見え、それぞれ和歌山有田市の須佐神社関連の地名とされている。地名に残るほどの勢力を持ち、その年代も古い事から明確な根拠もなく本宮候補から外すのはすっきりしない。ここは保留という事にしよう。

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