遠賀川流域の剣神社

まず、なぜ遠賀川流域に剣神社があるかと言えば、まず剣神社の剣は何を隠そう皇室に伝わる3種の神器の剣、草薙剣である。そして草薙剣にまつわる「草薙剣盗難事件」が関係している。「草薙剣盗難事件」は天皇家の謎を解く上で外せない事件なのでじっくり語りたい。
『日本書紀』によると、天智天皇の七年に、沙門の道行というものが、草薙剣をぬすんで新羅に逃げようとした。途中風雨に出会って、迷って帰った、と記されている。
熱田神宮側の文献として、鎌倉時代初期頃の成立した『尾張国熱田太神宮縁記』では、道行を新羅僧としている。
新羅の僧が草薙剣を盗み出すとなるとなんとも意味深でおもしろい。道行は熱田社から神草薙剣を盗み出し本国に渡ろうとしたが、伊勢国において神剣は独りでに抜け出して熱田社に還った。道行は再び盗んで摂津国より出港したが、海難のため難波に漂着した。道行は神剣を投げ捨て逃げようとしたが、神剣がどうにも身から離れず、ついに自首して死罪に処せられたという。
『朱鳥官符』には要約すると神剣が盗まれて三度本社に還ってきたが、最初は伊勢国桑名郡神三崎より、二番目が播摩印南野より、三番目が筑紫国博多津より還ってきた とある。
ちなみに 熱田神宮の社伝では、新羅の僧・道行が、熱田神宮を参詣した折、清雪門より内部に侵入し、草薙剣を盗み出したとなっている。この事件以来、清雪門は「不開門(あかずのもん)」と呼ばれ、閉ざされたままとなっているという事だ。おもしろがってはいけないのかもしれないが実に興味深い。

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