「草薙剣盗難事件」と北九州、遠賀川の剣神社の意外な関係

さて、この 「草薙剣盗難事件」と北九州、遠賀川の剣神社が関係して来るのだ。
遠賀川の物部氏関連神社群の中に古物神社がある。古物神社は八幡宮であるが、そこに布留御魂神社と剣神社が合祀されている。所在地の古門の古は布留御魂社の布留に由来すると推察される。布留御魂社は物部氏の奉斎する石上布留の社である。それがこの地にあることは、物部氏との関連を抜きにしては考えられない。
古物神社には「草薙剣盗難事件」に関する伝承が残っている。福岡県鞍手郡中山には剣岳という100mくらいの小さな山がある。この剣岳には昔、草薙剣があったというのだ。具体的には剣岳の山頂には八剱神社の上宮がある。

ちなみにヤマトタケルが剣岳に登ったとき、次の言葉を呟いたと言う。
「この山は他の山より勝れている。私が今熊襲を平定して国民が帰服して、おのずから静かになった世の中山かな。」
この”世の中山かな”の”中山”から、福岡県鞍手郡中山の地名がつけられたというのだ。ヤマトタケルにつけていただいた地名とはなんと豪華な事だろう。よく聖書には実在の地名が登場する事から、聖書は歴史書としても研究される訳だが、そういう意味では古事記、日本書紀のかなり古い部分も十分歴史書だと言えると思う。
また、「中山」にしろ、「放出」にしろ日本の地名というのは巨大なデータベースなのだ。神社の種類、名前、祭神、由緒、伝承、古伝もそう。この先人達が偉大な叡智で残した巨大なデータベースを活用せずに、よその国の歴史書と考古学によって、古代を解き明かそうという試みはもちろん、そういうアプローチがあるという意味では素晴らしい事なのだが、それが最も純粋な歴史解明の方法だとするのは、浅学が過ぎるのではないだろうか?

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