草薙剣空にまいあがり、古門の地に落ち、光りかがやいた

古物神社の伝承によると草薙剣はしばらくこの剣岳に置いてあったという言う。古物神社の縁起では、その剣は途中、空にまいあがり、古門の地に落ちた。土地の人たちは剣の光りかがやくの を見て、その所在を知った。剣は尾張の熱田神宮にもどったが、剣の霊は落ちたところにとどまり、そこを石上布留の大神のいますところとして、古留毛能村と 名づけた、とある。 こうしたことから、剣岳の周辺の剣神社を熱田神宮とむすびつけるようになったと思われる。
この伝承だけでは荒唐無稽な感は拭えないが、『朱鳥官符』にも盗まれた草薙剣は筑紫国博多津より還ってきた とあり、古物神社の伝承と一致する。私は互いに影響を受けないと思われる、全く別の人物によって書かれた事が一致する場合、とりあえず、それは事実だろうと考えるようにしている。私は古代史における実証とはこのような物だと考えている。もちろん、物証が一番良いのだが。

まとめとして北九州、遠賀川沿いには物部氏に関連する剣神社があり、物部氏はこのあたりに居住していたと考えられる。伝承から推察される事として、御所か熱田神宮から草薙剣がこの遠賀川の剣岳に移され、そののち、熱田神宮に戻されたと推察出来る。この「草薙剣盗難事件」の背後には天武天皇と天智天皇の権力争いがあり、深読みすれば、物部系の天武天皇が草薙剣を一時期、剣岳に隠したと考えられる。その後、結局、物部系の熱田神宮に落ち着いている事からもわかるように、三種の神器は物部氏によって祭られなければ、仇をなす事が分かる。

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