7世紀以前にはアマテラスという神は存在しなかった

天孫降臨の地は福岡県福岡市と糸島市の境に位置する高祖山であるという説をあと推しする考古学的な証拠もある。天孫降臨が外国からの渡来だと考えると渡来人はある程度以上の集団だったと考えられるし、当然、稲作の痕跡などが見つかるのが望ましい。九州で稲作の盛んだった地とはどこかといえば、九州北部には縄文水田で有名な「板付遺跡」がある。

ニニギノミコトの子供のヒコホホデミノミコトは高千穂の宮にいて、そのお墓は高千穂の山の西にあると言う記載がある。

「故、日子穂穂手見命(ヒコホホデミノミコト)は、高千穂の宮に伍佰捌拾歳(580歳)坐しき。御陵(ミハカ)は即ち其の高千穂の山の西に在り。」

またアマテラスの一族は「三種の神器」を文化の「核」にしていたと考えられる。つまり「鏡」「剣」「勾玉」である。この三種が出土する墓こそが天国系の墓だと考えられるわけだが、それが高千穂(高祖山)の西にあるかといえば、確か存在している。
「三雲」「井原」、そして「平原」。
それぞれ鏡は30面以上出土しているし、
平原に至っては、管玉、勾玉で1000以上出土している。

さて、天孫降臨の地はどこか?結論を言ってしまえば、福岡県の高祖山である。ただし、降臨したのはニニギノミコトではない。ニギハヤヒである。どういうことなのか解説しよう。

これは多くの学者が賛同している説なのだが、天照大御神は7世紀つまり記紀の編纂時に作られた人工の神なのだ。日本最古の歴史書が記紀なのだからしょうがないだろうと言う意見もあるかもしれないが、多くの学者は天照大御神は7世紀以前には存在しなかったと考えている。まずこの事実を頭に留めて欲しい。

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