スサノオの月の神伝承と大月姫

ここまでの話を今まで人に聞いてもらったりしたが、偶然ではないか?こじつけではないかという意見を多くいただいた。しかし、私はどうにもそうは思えない。

もう一歩不明踏み込もう。オオゲツヒメを漢字表記すると大月姫となり、月の女神となる。

熊野大社の社伝によると崇神天皇六十五年に熊野連〔くまののむらじ・又くまののあたえ〕大斎原において、大きな櫟の木に三体の月が降りてきたのを不思議に思い「天高くにあるはずの月がどうしてこの様な低いところに降りてこられたのですか」と尋ねましたところその真ん中にある月が答えて曰く、
「我は證誠大権現(家都美御子大神=素戔嗚大神)であり両側の月は両所権現(熊野夫須美大神・速玉之男大神)である。社殿を創って齋き祀れ」との神勅がくだされ、社殿が造営されたという。これは一種の降臨神話である。

スサノオ=月の神=オオゲツヒメ(大月姫)となる。

スサノオは穀物神にして生命の神、そして自分自信の現し身であるオオゲツヒメを屠った事になる。これは生命根源神が自殺して、神の体は穀物になり、民の命になったと言える。

こういう話は他に例がないわけではない。

天照大御神はスサノオの横暴に耐えかねて天岩戸に御隠れになる。そして神々の策略によって再び地上に姿を表す。太陽の神が現れた事で再び地上に光が戻ったという。日本では高貴な方がお亡くなりになる事を御隠れになるというのでこれは天照大御神が亡くなって復活して、民に命をもたらしたとも言える。

スサノオーオオゲツヒメ神話と同じ構造である。

さらに西洋に目を向ければイエス・キリストが十字架上で命を捧げ、復活した。キリスト教神学によるとこの事を通して全人類の罪の対価が支払われ、キリストに従う物は罪から解放され、また全ての人類は時が来ると死から解き放たれ、復活するという。

ちなみにキリスト教では毎週日曜日に犠牲になったキリストの体の祈念としてパンをいただくが、スサノオの体は穀物になったと言える。
また、大嘗祭において新天皇はニニギノミコトとともにお米をいただく。

これらの神話における概念の一致は非常に面白い。比較神話学のテーマとしても面白い。だが、そもそもなぜ、世界中神話に一致点があり、比較神話学が成り立つかと言えば、世界中で古来、人の往き来があり、文化の交流があったのからなのだ。

コメント

  1. 石川公宏 より:

    比較神話学は比較植民地地学同様興味深いけど、やがて比較人口知能発展学も大事になるかと。