比較神話学 日本神話における死と復活

これらの神話における概念の一致は非常に面白い。比較神話学のテーマとしても面白い。だが、そもそもなぜ、世界中神話に一致点があり、比較神話学が成り立つかと言えば、世界中で古来、人の往き来があり、文化の交流があったのからなのだ。

私達は古代を人の往き来のない閉塞した時代だと捉えがちだが、それは全く間違っている。古代から人類には馬という高速移動の手段があった。例えば、北海道から鹿児島まで馬で移動したらどれくらいかかるかと言えば、もちろん馬の疲労があるのだが、途中で馬をかえられるとすると2週間程度で行けるという。

分かりやすい例で言えば厩戸皇子は馬小屋で生まれた皇子(みこ)という意味がある。厩戸皇子の時代は中国で言えば隋から唐の時代である。少なくとも唐の時代にはキリスト教は中国に入り、景教という名で大流行している。また景教は大乗仏教に少なからず影響を与えたとも言われる。そうすると厩戸皇子の伝説はキリスト教の影響で生まれた可能性があり、実際、多くの人がその可能性を指摘している。

ちなみに今は伝説上の存在であると考えられる事が多くなった厩戸皇子もモデルの一人であるという聖徳太子は冠位十二階を制定したという伝承がある。冠位十二階とは、朝廷に仕える臣下を12階級に分け、その地位を表す冠を授ける制度である。イエスキリストは、12人の中核となる使徒を従えていた。

聖徳太子は10人の話を聞き分けたと言われ、
キリストはイスラエルの10支族の元に遣わされるという教えがある。

これら全てが偶然の一致だと考えるのはむしろ非科学的だと私は思う。なんらかの影響が働いたのではないかと思う。

その視点に立つとイエス・キリストの時代は1世紀初頭で古事記成立時は7世紀後半であるからキリスト教神話の影響が古事記にあったと考えてもおかしくはない。スサノオーオオゲツヒメ神話、天照大御神神話にキリスト神話が影響したものだろうと私は考える。

せっかくなので、ここで日本神話に見られる他の死と復活について触れたおこう。日本神話において死と復活がありえない物ではない事が分かる。

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